多様性のモノにも、限度がある。

それなら、万能のモノって
それに勝るモノなしってくらいに、
それだけでどんな利用にもかなうって、
そんなことではない。
どんな利用者にでも、
おんなじ目的で利用できるってことだと思う。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラに、アリマス。


それなら、万能のモノって
それに勝るモノなしってくらいに、
それだけでどんな利用にもかなうって、
そんなことではない。
どんな利用者にでも、
おんなじ目的で利用できるってことだと思う。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラに、アリマス。

土に触れなければ、つくれない。
土に触れながら、
あァでもない、
こォでもない、・・・・・・・・・・・・。
そのうちに、
こんなのをやったらいいんじゃない!!
って、気になってくる。

はじめは、どこへむかうともなく
ごちゃごちゃになりながら、
どんなモノが出てくるのか
どんどんつくって、
たしかめている。

いずれ、どこかに着くだろう。

「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。
「 うん、なんかいいね。コチラもちらっと、どうぞ。 」
「フルマラソンを走るとき」って、ね。コチラも、どうぞ。
そもそも、ぼくのやきものは
生活必需品ではない。
それがなくなったとしても、
誰も困ったりはしないだろう。
だから、ぼくは
自分がほしいモノをつくる。
自分のモノだから、
こだわって、思い切りよくつくってもいい。

そして、それを少し多めにつくって
スキナヒトガイタラドウゾ
って、ひとつひとつをカタチにしている。
一億人を相手に必要なモノを
つくっているんではないのだ。
ぼくはぼくをはみださない。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。
モノをつくるって、
「 ひとをしあわせにするカタチをつくる。 」
そんなことなんだろう!って、
それが目的だから、
モノがふえる。
そのやさしさや思いやりが、カタチになるのだ。

「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。

「 ひとをしあわせにするカタチをつくる。 」
そんなことなんだろう!って、
それが目的だから、
モノがふえる。
そのやさしさや思いやりが、カタチになるのだ。

「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。

そこらへんの土をやきものにしている。
マニュアルなど関係なく、自然に対応しようとしている。
その土でカタチになれば、また、そこからである。

そのイチイチが、それだけではなく支え合っている。
土も火もカタチも、そして、それからも・・・・・・・・・・・・。

ながくつづけていくには、
いつも初々しくを、心がけている。

いつでも、一番はじめてやってみるような
ドキドキワクワクをして、
じっくりと関心を持って、観察めいたことをしている。

そして、そこで気付いた「 ここ 」で、「 いま 」しかできないことを
やきもので記録しようとしている。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。
もともと、それが何のためなのかを確かめなければ
勘違いのまま、右から左にこなしているだけだ。

その「 真意 」に気づけなかったり、読み取れなければ、
面倒を重ねるばかりである。
” つもり ”のつもりは、
独りよがりなカタチをしている。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。

勘違いのまま、右から左にこなしているだけだ。

その「 真意 」に気づけなかったり、読み取れなければ、
面倒を重ねるばかりである。
” つもり ”のつもりは、
独りよがりなカタチをしている。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。
あらゆるモノのなかから、
それを拾いあげてくるのは、
いいカタチでそれに
それに出会ったから、
気になるのだ。
そして、そのなかに、
そのよさをみつけようと
観察をする。

いいトコロが
いいカタチで
残っていくと、
「 気持ち 」が通じたようで、
うれしくなって、
さらに、
それを伝えたくなる。

「 おいしい!! 」の感動
を、 差し向けるように。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。
それを拾いあげてくるのは、
いいカタチでそれに
それに出会ったから、
気になるのだ。
そして、そのなかに、
そのよさをみつけようと
観察をする。

いいトコロが
いいカタチで
残っていくと、
「 気持ち 」が通じたようで、
うれしくなって、
さらに、
それを伝えたくなる。

「 おいしい!! 」の感動
を、 差し向けるように。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。
手助けのつもりが、邪魔していたり
邪魔してるようで、役にたってたり
意識とは違うところで、おさまっている。

指図がなくても、
ススム方へ、向っている。
< 邪魔 >を邪魔している。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。
「 それになる。 」って、
「 こうなってほしい。 」という願望ではなく、
「 ありのまま。 」を、見つけることなのかもしれない。

そうして、
成りように任せながらも、
勝手に探究をはじめている。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。
まだまだ、やきものをつくりだしていない。

いい結果を求めるより、
いまは、目の前のやるべきことを
気が付いて
それをやりぬかねば、
土を加工して、
余所行きを気取ってるようなもんだ。
せめて、
「 土の加工家 」
で、ありたい。
そのときそのときに、
すべてをさらけだせたら、いいのに。
はじめてのころって、
土があって、それをカタチにするだけで
たのしんでいた。
すきにして、いいんだ。
子供じみてたって、いい。
それを 「 モノ 」 にしたいから、
がんばれる。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。

いい結果を求めるより、
いまは、目の前のやるべきことを
気が付いて
それをやりぬかねば、
土を加工して、
余所行きを気取ってるようなもんだ。
せめて、
「 土の加工家 」
で、ありたい。
そのときそのときに、
すべてをさらけだせたら、いいのに。
はじめてのころって、
土があって、それをカタチにするだけで
たのしんでいた。
すきにして、いいんだ。
子供じみてたって、いい。
それを 「 モノ 」 にしたいから、
がんばれる。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。
理屈や都合で、決めつけようとしている。





北風を強く吹き付けても、反発されることが多い。
太陽のように、あたたかく見守ってやると、
自ずと脱ぎはじめる。
けれども、その「 待つ 」ってのは、
ことのほか くたびれる。
つい、口も手も出てしまう。
つくってもらうってのは、むずかしい。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。





北風を強く吹き付けても、反発されることが多い。
太陽のように、あたたかく見守ってやると、
自ずと脱ぎはじめる。
けれども、その「 待つ 」ってのは、
ことのほか くたびれる。
つい、口も手も出てしまう。
つくってもらうってのは、むずかしい。
「周の窯」の、もうひとつの部屋は、コチラです。


























